旧東ドイツ Jena の Tessar 50mm F2.8 は現在も中古市場に多く出回っており、程度が良いものでも比較的安価に入手可能ですが、
旧西ドイツ製の Tessar 50mm F2.8 は日本のオークションサイトなどではあまり見かけません。
戦後、カールツァイスは旧東ドイツの Jena(イエナ)と、旧西ドイツの Oberkochen(オーバーコッヘン)に分裂しており、それぞれからカメラ用レンズが製造されていたようです。
35mm の一眼レフ用レンズは Jena の方が種類が多く安価なため市場に多く出回っているようです。
今回 ebay で西ドイツ製の美品を見つけて比較的安価に購入したのですが、やはり状態は完ぺきとは言えず、分解整備することにしました。
jena 製に比べ構造が複雑で整備もやりにくいので備忘録として残しておこうと思います。
外装は割と良い感じです。
肝心のレンズは・・・
チリや埃はそれなりにありますが、透明度は高く、このままでも撮影には大きく影響しない感じです。
フォーカスリングや絞りリングもスムースに動きますが、絞り羽根の動きが良くなく、写真のピンが引っかかる感じがあります。
絞りの状態を調整するネジから油がにじみ出ており、この辺が原因なのかもしれません。
絞り羽根の不具合なのであまり気が進みませんが、分解整備するしかなさそうです。
とりあえず分解してみます。
まずはマウントを取り外しますが、このレンズは Icarex マウントになっています。
① 最初にこの小さなイモネジを外します。
② 次にこのネジを外します。プレートの下からバネと小さな鉄球が出てくるので無くさないようにします。
③ マウントは逆ネジになっているので、時計回りに回して外します。
④ これでマウントが完全に外れます。
裏蓋をあけます。
① 絞り羽根の開き具合を調整するこのネジを 3 つとも外します。完全に外すと絞り開閉機構が内部へストンと落ちるので、もう後戻りできません。
② 次にこの 4 ヵ所のネジを外します。青丸の位置のみ他よりも長いネジになっていて、これがフォーカスリングのストッパーの役目をしています。
③ 裏蓋をそっと外します。
④ 裏板に金属片が付いているので無くさないようにします。
① 絞りリングは持ち上げれば簡単に外れます。
② 飛ばさないように注意しながら、このバネを外します。
③ 開閉機構をそっと持ち上げて、これくらいの角度にすれば、この三角プレートを外すことができます。
④ これで絞り羽根の開閉機構が完全に分解できました。
更に続きです。
① このリングは反時計回りに回して外します。
② このリングのねじ込み開始位置は 1 ヵ所しかないので、外れた位置を覚えておく必要はありません。
③ 鏡胴を時計回りに回して外します。外れる位置を覚えておく必要があるので慎重に作業します。
④ 絞り羽根を動かす爪がフォーカスリングの目盛りの 0.6(スプリングを引っ掛ける爪がフォーカスリングの目盛りの 0.45)のところで外れました。組み立てる時はこの位置からねじ込まなければ無限遠の調整ができなくなってしまいます。
絞り羽根にアクセスするために、まず前玉群を外します。
① 化粧リングは固着して外れないため、この隙間にエタノールを流し込んで 10 分くらい放置します。
② ゴムのオープナーで反時計回りに回して化粧リングを外します。外れない場合は、更にエタノールを流し込んで様子を見ます。
③ カニメレンチでレンズホルダーを緩めて外します。(このレンズで唯一カニメレンチが使用できる場所です)
④ 更に、レンズ押さえをゴムのオープナーで外すと光学系第一レンズを取り出すことができます。
次に後玉を外します。
① 後玉もカニメレンチ用の溝はありません。しかも、かなり強くねじ込まれているので簡単には外れません。
② そこで、外すためにこれを使用しました。傷が付かないウォーターポンププライヤーです。
③ 強く握り過ぎないように注意して外します。
④ これで後玉も外れました。
① 絞り羽根は、かなり油で汚れています。動きが悪いのはこのせいでしょうか?
矢印で示した C リングはピンセットで摘まんで外します。
② C リングが外れたところ。
③ 絞り羽根が出てきたところ。変わった形状の絞り羽根です。
④ 全て脱脂して綺麗にしておきます。
分解した各パーツはエタノールなどで古いグリスを取り除き、脱脂しておきます。
脱脂にはエタノール、ベンジン、シリコンオフなどを使用しました。
ここから組み立て作業に入ります。まずは絞り羽根から・・・
① このプレートを表裏に注意して鏡胴の中へ入れます。
② プレートの突起が、鏡胴の下にあいた短いスリット穴の方から出るようにします。
③ 絞り羽根の最初の 1 枚を表裏に注意してセットします。
④ 2 枚目以降は重ねていきます。
① 4 枚目以降は、既にセットされている絞り羽根の下に潜り込ませるようにしてセットします。
② 絞り羽根をセットし終えたところ。結構面倒くさいです。
③ このプレートで絞り羽根を押さえます。表裏を間違えると絞り羽根が正常に開閉しなくなるので注意します。
④ プレートの突起が、鏡胴の下にあいた長いスリット穴の方から出るようにします。
① 絞り羽根がバラバラにならないよう、この C リングで固定します。ピンセットで摘まみながら入れると比較的簡単に固定できます。
② これで絞り羽根の組み立ては完了です。スムースに動くことを確認します。
③ ヘリコイドグリスを薄く塗って、外れた位置からフォーカスリングをねじ込みます。最後までねじ込んだ時、絞り羽根の開閉レバーが 0.7 ~ 0.8( 0.7 が理想的)の位置にあれば OK です。
④ そこから 0.6 の位置まで少し戻しておきます。
無限遠の簡易チェックのため、最小限のパーツで仮組します。
① このリングもヘリコイドグリスを薄く塗ってねじ込みます。最後までねじ込んだ位置からフォーカスリングの目盛り 6 の位置まで戻しておきます。
② 裏蓋に絞り羽根の開閉機構をねじ止めします。
③ とりあえず 2 ヵ所程度仮止めします。
④ 直進キーと直進ガイドの位置に注意しながら蓋を取り付けます。このガイドにも固めのグリスを少量塗っておきます。
① 青丸の位置は赤丸よりも長いネジで固定します。このネジがフォーカスリングのストッパーになります。ねじ穴の位置はおおよそ合っていると思いますが、ズレている場合は鏡胴を少し回して位置合わせします。
裏蓋を固定してフォーカスリングを回した時、両端でカチンと気持ちよく止まることを確認します。もしも無限遠側で何かに引っかかるような感触がある場合、鏡胴のねじ込み開始位置が合っていません。
② 前後ともレンズを取り付けます。後玉は蓋をする前に取り付けておいた方が作業しやすいかもしれません。
③ Icarex マウントの固定用リングをねじ込みます。カメラに取り付けるためには、一旦最後までねじ込んで、この位置まで戻しておきます。
④ カメラに取り付けて無限遠が出ることを確認します。絞りリングを付けずにテストしているので、少しオーバーインフになると思います。
① 無限遠やフォーカスリングの動作に問題が無ければ再度裏蓋を外します。
② 前玉は取り外し、後玉を綺麗に掃除して鏡胴にしっかり固定します。以後せっかく掃除した後玉に触らないよう注意して作業します。
③ 絞り羽根を動かすリングをセットします。
④ 絞りリングをセットします。
① 絞り羽根の開閉機構に三角プレートとスプリングを取り付け、写真の角度で絞り開閉レバーに嵌め込みます。
② スプリングが飛んでいかないよう注意して引っ掛けます。引っ掛けに失敗しても飛んでいかないよう反対側をマスキングテープなどで固定しておけば安心です。
③ 再度裏蓋を固定します。青丸の位置は長いネジです。
④ 結局このプレートはどこに使用されていたのか分からなくなってしまいました。無くても問題なさそうなのでそのままにしておきます。
① 絞りを開放の位置にします。
② 絞りリングを開放の位置にしてレバーを押し込んだ時、絞り羽根が完全に開いているかチェックします。
③ この 3 つのネジを緩めて(完全に外してはいけません)絞り羽根の開き具合を調整します。調整が終わったらネジを締めておきます。絞り羽根の開閉やフォーカスリングの動作がスムース行えることを確認します。
④ Icarex マウントのリングを最後までねじ込み、写真の位置まで戻しておきます。
① イモネジで固定します。このイモネジはマウントリングのストッパーになっているので最後まで締めこんではいけません。マウントリングがスムースに動く位置で固定します。
② 小さな鉄球とバネを入れて、プレートとビスで固定します。
③ 前玉群のレンズを綺麗に掃除します。
④ カニメレンチを使用して鏡胴にセットします。
無限遠の微調整と動作の最終確認をします。
① 3 ヵ所あるこのネジを緩めて無限遠を微調整します。見えていない部分のネジは、フォーカスリングを回すと見えてきます。
全てのネジを緩めるとフォーカスリングが空回りするので、無限遠の位置を自由に決めることができます。
マニュアルフォーカスで使用する場合、無限遠の位置は正確に調整した方が良いですが、
オートフォーカスで使用する場合は少しオーバーインフにしておいた方が良いかもしれません。
② 最後に化粧リングをゴムのオープナーで回して締めて完成です。
③ レンズをカメラに取り付けるために、このアダプターを使用しました。Icarex → CANON EF 変換アダプターと CANON EF → Leica M 変換アダプターを使用して TECHART の LM-EA7 を介してα7IVに取り付けました。
マウントアダプターの 3 段重ねになっていますが、しっかり取り付けられています。
④ カメラに取り付けたところ。
ちょっと試写してみます。
同条件で黒鏡胴の Jena Tessar と撮り比べてみました。
Oberkochen の方は Jena に比べて若干コントラストが低く優しい感じです。また、Jena に比べると寄れないので、撮影倍率が小さくなっているぶん、ボケの量が異なっています。
右目に合わせたピントが Jena の方は左目や口元で既にボケていますが、Oberkochen の方は比較的くっきり写っています。
α7IV A Mode 1/250 F2.8 +1.7EV ISO=200 Cleative Look=ST WB=Auto
ピント面はシャープですが、カリカリという感じではなく、全体的に柔らかい感じです。
α7IV A Mode 1/80 F2.8 ISO=3200 Cleative Look=ST WB=Auto
ピント面からのボケの感じも良いですね。
α7IV A Mode 1/160 F2.8 ISO=3200 Cleative Look=ST WB=Custom